2021年10月24日(日) 13:15開場 14:00開演
第一生命ホール
指揮:桑田 歩
チェロ独奏:新倉 瞳
- ブラームス/悲劇的序曲
- シューマン/チェロ協奏曲
- ブラームス/交響曲第2番
過去演奏会のパンフ掲載のコンテンツ。曲目紹介(プログラムノート)、エッセイなど。
2021年10月24日(日) 13:15開場 14:00開演
第一生命ホール
指揮:桑田 歩
チェロ独奏:新倉 瞳
2021年7月18日(日)14:00開演
サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
ゲスト・ソロコンサートマスター 白井圭
2020年1月11日(土) 13:15開場 14:00開演
会場:ミューザ川崎 シンフォニーホール
指揮:寺岡清高
• ブリテン:シンプルシンフォニー
• マーラー:交響曲第9番ニ長調
2019年6月23日(日) 13:15開場 14:00開演
会場:ティアラこうとう 大ホール
指揮:新通英洋
モーツァルト:交響曲第38番ニ長調 「プラハ」
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調
2018年12月9日(日) 14:00開演
会場:ティアラこうとう 大ホール
指揮:阪 哲朗
2018年6月3日(日) 13:30開演
会場:新宿文化センター 大ホール
指揮:寺本義明(東京都交響楽団 首席フルート奏者)
管弦楽:ブルーメン・フィルハーモニー
<ヴェルディ『レクイエム』>
ソプラノ:朴瑛実/メゾソプラノ: 加納悦子/テノール:ジン・スンオン/バス 豊嶋祐壹
合唱:東京オラトリオ研究会、欅の会
賛助出演:新星合唱団、東京ライエンコーア、東京トリニティーコール、向日葵の会
<こどもたちのための交響歌>
合唱:四街道少年少女合唱団、オーケストラとうたう杜の歌・こども合唱団、おおさわ学園三鷹市立大沢台小学校合唱団、おおさわ学園三鷹市立羽沢小学校合唱団、カントルムみたか こどもたちのための交響歌合唱団
合唱指揮 郡司博、渡部智也、内藤裕史
主催:東京オラトリオ研究会/共催:認定NPO法人おんがくの共同作業場
2017年12月10日(日) 13:15会場 14:00開演
会場:杉並公会堂 大ホール
指揮:寺岡 清高
2017年7月17日(月・祝) 13:15会場 14:00開演
会場:杉並公会堂 大ホール
指揮:武藤 英明
グリンカ 「ルスランとリュドミュラ」序曲
スメタナ 「我が祖国」より「ターボル」「ブラニーク」
ベートーヴェン 交響曲第5番
2017年3月26日(日)14時開演
会場:第一生命ホール
指揮・チェロ独奏:桑田 歩
2016年12月11日(日) 午後14時開演(13時15分開場)
第一生命ホール
指揮:寺岡 清高
ヴァイオリン独奏:白井圭
20回記念演奏会でドイツレクイエムに取り組むにあたり、ドイツレクイエムの対訳を"ブルーメンのオリジナル"として取り組んできました。 少しでも曲への理解を深めるため、団員向けに逐語訳・聖書解説を用意し、少しでもいい演奏ができるよう、また20回の記念になる企画を、ということで、団員に配布した内容をHPでも紹介させていただきます。
内容的には個人的な解釈の部分もありますので、ご了承ください。
とうとう回ってきてしまった私とブラームスのリレーエッセイ。
記念すべき20回の演奏会で筆を持たせてもらえるということは、いわゆる「古株」になってしまった私に何かブルーメンとブラームス、そんなテーマで語れ、ということか。 実はブルーメンの始まりは、今回取り上げたドイツ・レクイエムに深く関係している。
JMJ(通称ジュネス)というNHKがスポンサーとなっている大学生を中心とした寄せ集めのオーケストラが平成3年のコンサートで「ドイツ・レクイエム」を演奏した。
ブルーメンの創始者であるオーボエ奏者は、メンバーを集める際に、そのコンサートで一緒になったメンバー何人かに声をかけたのだ。
あれから10年。当初から参加していた私としては20回記念でドイツ・レクイエムを演奏できることがとても感慨深い。
さて、私とブラームスというテーマで語るとすると、私にとってブラームスの曲は大切な人との別れを思いださせることが多い。
高校生の時、ピアノのレッスンで、ブラームスのラプソディの2番をやるからとブラームスのピアノ曲集を購入した。同じ本に入っていた3つの間奏曲をポロポロと弾いてみてとても衝撃を受けた。
ピアノの先生に「これを弾いてみたい」と勇気を振り絞って言ったが、「いい曲だけど、あなたにはまだ早いわねぇ。もっと年をとってから、弾いてみたら」とあっさり流され、とてもがっかりした。当時先生の家は自宅の目の前だったので、諦めきれず家で弾いていたら、次にレッスンに行ったとき「弾いていたのあなたね。」とニヤニヤされて気恥ずかしい思いをしたのをよく覚えている。
その後大学に入り、大学のオーケストラでビオラばかり弾いていたので、レッスンへ行く機会もなくなり、先生とも疎遠になってしまったが、卒業後しばらくして、先生の訃報を聞いた。今でも間奏曲を聴くと、古いアルバムを覘くように当事のことを思い出し、もう二度と先生にレッスンを見てもらうことはないのだ、と切ない気持ちになる。
ブルーメンのブラームスチクルス1回目は交響曲の1番だった。私はそれまでブルーメンの演奏会はなんと皆勤賞だったのが、演奏会直前に父を亡くしたため出演できなかった。このときのプログラムは、当時のことを思い出すので、今でも聴くのがつらい。目の前の現実によって受けた外傷は癒えても、心にぽっかり開いた穴は時間をかけてもなかなか埋まらないものだ、と思う。
それでもなお、ブラームスの音楽はいろんな思いを全て包み込むように優しく、心を癒してくれる。それは例えば、冬の夕暮れに父の病室の窓から家族揃って見た綺麗な黒富士や、ブルーメンの仲間と弾いたブラームスの室内楽の刹那的な充実感、といった私にとって幸せな風景や思い出を、彷彿とさせるからだろう。
仕事が忙しくて疲れている時など、気持ちがガサガサささくれだっている時には、ブラームスを聴いて、心に潤いを取り戻している。
「私とブラームス」というタイトルでエッセイを書くことになった。
私にエッセイを頼むくらいだから、このプログラムの編集者は、私が相当ブラームスに対して思い入れを持っていると考えているに違いない。
あるいは書いてくれる人が私くらいしかいなかったのかもしれない。
とにかく、ブラームスは割と好きな作曲家である。どのくらい好きかというと、自分のパソコンにbrahmsと名づけているくらいである。
なぜベートーヴェンにしないのかというと、つづりが難しいからである。たしか、beetoubenとつづったと記憶しているが、あまり自信がない。
これがロシアの作曲家となると最悪である。チャイコフスキーやショスタコービッチなど、もはや覚えることは不可能である(正確なつづりを知っている方はアンケートの余白にでもご記入ください)。当の本人たちも自分の名前を覚えられなかったかもしれない。つくづく自分がロシア人でなくて良かったと思っている。ちなみに会社でメインで使っているパソコンにはbachと名づけていて、とても気に入っている。バッハはかなり好きな作曲家だ。以前、schumannと命名していたパソコンもあったが、なぜか数年前に壊れてしまった。
ところで、普段クラシックをあまり聴かない一般の人(本日ご来場下さったお客様が異常な人だという意味ではございません)にとって、ブラームスという作曲家は我々が思っているよりもなじみが薄いらしい。すなわち、名前を聞いたことはあるけれども実際に曲を聞いたことのある人は少ないようである。
私の友達も同様で、ブラームスの演奏会に誘っても「運命とか新世界なら行くよ」などと、大抵はつれない返事がかえってくる。よしんば演奏会に来てもらって感想を聞いても、おおよそ「良かった」か「眠かった」の2通りの回答しか得られない。ひどいのになると、「おまえが目立ってたよ」とか「今度はイングウェイ・マルムスティーンとジョイントやってくれ」とかめちゃくちゃなことを言い出す始末である。とはいえ、吹奏楽少年だった私も、かつてはレスピーギの「ローマの祭」とかホルストの「惑星」のような血沸き肉踊る系の曲がもっぱらで、ブラームスなんて渋すぎて聴いていられんと思っていたから、あまり人のことは言えないかもしれない。それが今では、ブラームス・チクルスなんてやっているオケに在籍しているのだから、世の中わからないものである。
小さい頃は苦手だった食べ物や飲み物が、成長していくことで、次第にその味の良さや奥深さがわかるということがある。音楽もこれと同じようなものかもしれない。小さい頃は退屈で眠たいとしか思わなかったブラームスの曲も、恋愛や離別、嫉妬、などの経験を重ねることで、自分の人生とブラームスの音楽とが同調し、次第にブラームスの良さわかるようになるのだろう。私も入学や卒業、就職といった重大な人生経験を積み重ね、今ではブラームスのCDもよく聴くようになった。特に布団の中で横になって聴くとぐっすり眠ることができる。コーラとかドクターペッパばかり飲んでいた少年が、渋い番茶や苦いコーヒーもすするようなおっさんになったというところか。でも、いちばん好きなのはビールです。
寛容な大人でありたい、と思う。常にそういう気持ちが自分の内にあるのだが、もちろん実際にはその通りになど出来はしない。
以前、誰かと話をしていて、たまたま口論になり、内容は大した話ではなかったのだが、その口論の刺激のためか自分で驚く程涙が止まらなくなったことがあった。
話の相手にしてみれば、自分とはあまり関わりのないことで目の前で突然私が泣き出したのだからメイワクな話なのだが、こみ上げてくる気持ちの高ぶりをどうしても抑える事が出来なかった。
人は感情の生き物である。誰でも生きていればいつも様々な選択を迫られ、その度に自分なりの答えを出して形を整えてきたつもりでいても、感情は整えられるものではない。
ブラームスの音楽の根底には、理性ではどうにもならない感情のうねりが常に重々しく流れているように感じる。
それは深く暗い色彩を帯び、時に顔をもたげる優しいメロディーは諦めの声のようであり、また、溜息のようでもある。
そして、騎士道の精神に根付く力強さはどこかに弱さを内包し、寂しげである。 人は、年を重ねて大人になったつもりでいても、それは物のバランスのとり方を学んだだけで、本当は一生子供のままなのではないだろうか。いつも自由でいたい、何にも縛られずに生きたいと強く願いながらも、人々の愛と支えがなければ生きる意味は感じられない。 物事には限界がある。
しかし、その哀しみが充分すぎる程分かるからこそ人は優しくなれる。希望を手に邁進するのみである。
皆さんは何か一つの曲を聴いて、「あ、この曲は××色だ」なんて思ったこと、ありますか?
私の場合、なじみのオーケストラ曲はたいてい”色つき”です。 でもそのほとんどは、理由のよくわからない色づけで、たとえばチャイコフスキーの交響曲5番は「青」、モーツァルトの25番は「金色」という具合です。 『英雄』→闘い→流血、という極めて短絡的な発想から、ベートーヴェンの交響曲第3番は「赤」、という例もありますが。
ではブラームスの交響曲は、というと、これらもはっきり”着色”されていて、第1番から順に、白、黄、赤、みずいろです。 これも、何気なく出来上がっていた配色のはずだったのですが、実は4曲に対して私が抱いている別のイメージと見事に対応していることに最近気づき、我ながら目の覚める思いでした。 というのも私には、ブラームスの第1番~第4番は、春夏秋冬という季節の流れにそのまま重なるように思えてならないのです。 まず第1番、これは春の訪れです。雪解けの1楽章で始まり、4楽章では新しい生命の誕生に対する喜びが爆発、といった感じでしょうか。 第2番はさわやかな初夏。冒頭の低弦は波の音で、ホルンのあとの高らかなフルートはきらめく太陽光線です。 第3番は木枯らしの吹きすさぶ晩秋。第4番は厳寒の冬です。そして先ほどの4色ですが、白は雪を、黄は輝く太陽を、赤は夕焼けと紅葉を、みずいろは透明な氷を象徴しているというわけです。
こんな風に一度覆いこむと、他にもどんどんこじつけができてしまうからおかしなものです。 例えば、第2番3楽章のオーボエのメロディーは大輪の向日葵(ひまわり)に思えてくるし、第4番の4楽章は変奏曲だから、似てはいるけれどもどれも少しず つ違う雪の結晶にも通じるな、なんて。 でも、これらのイメージは完全に私のひとりよがりなのは言われるまでもなく明らかで、その証拠に、第1番の雪解けは私の故郷に近い立山連峰のそれが想定さ れているし、第3番の2楽章を聴くと、夕暮れ時に私の田舎の田園地帯を赤とんぼが飛び交う光景が浮かんでくるのですから。 それに、ドイツ人のブラームスがこんなに日本的な季節感を持ち合わせていたとも思えませんし。 巷で言われている、第2番=「田園交響曲」というのと、私の「夏の海辺」といのも、なんだか大違いです。ただ2番に関しては、ブラームスが夏の避暑地の湖 畔でインスピレーションを得て作曲したことを知り、「あながち的外れではないかも」などと一人で喜んでいる私です。 でも、ひとつの曲をめぐってもさまざまな思い入れを持った人たちがいて、その人たちがそれぞれに集まってさまざまな演奏をするから、音楽って楽しいんじゃ ないでしょうか。
皆さんのブラームスは、何色ですか?
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